シニア化粧品 

 

シニア市場に挑戦

「アクテアハート」 

 

今でこそ多く採り上げられるようになってきた「シニア」ですが、当時は関連する資料・情報は殆どありませんでした。そんな中で進めた開発物語です。

 

1. 発端

1995年、シニア向けのブランド開発の指示を受けました。翌1997年は、資生堂が化粧品事業を始めて100年目 になる年。色々とシンボリックな活動をすることになり、その目玉のひとつがシニアブランドだったのです。1988年に「サクセスフルエイジング」と言う テーマを掲げ、これからの高齢化社会に向けたメッセージ活動を行ってきましたが、その具現化としてのブランド開発です。

 

それまでは、「サクセスフルエイジング」に相応しいブランドを既存の中から選び、展開していました。アンチエイジングブランドの「リバイタル」です。高級ブランドである「リバイタル」とは別に、実質的にこの層での売上が一番大きかったブランドとしては中価格帯の「エリクシール」もありました。そこに新たなブ ランドを加えると言われたのです。

 

2. 情報収集

先ずは何はさておき、シニア研究です。高齢者に関する資料や情報は冒頭に触れたように殆どありませんでした。自社内の調査も僅か。これまでは40代迄で、50代は殆どありません。50代、60代、そして70代も対象だったのですが、ブランドのコアターゲットとしては採り上げられず、調査の対象からも外されていました。定期的に実施していたベーシックなベンチマーク調査でさえも、当時は59歳までだったのです。

 

唯一の情報は、シニアマーケティングが先行していたアメリカで出版された「AGE WAVE」という本だけでした。

 

私が情報収集の基本としていた八重洲のブックセンターに、本を探しに行きました。上の階から順に本棚を見ていくのです。これも、ネーミングの辞書めくりと一 緒で、半ば力仕事です。勿論、テーマに該当するフロアからアプローチを始めることもあります。事前にあれこれとテーマをこね回し、考えが(疑問)熟成・充 満してからスタートです。このウォーミングアップは欠かせません。これをすることで、膨大な情報の中からでも、必要と思われる情報だけがアンテナに引っ掛かるのです。

 

今でこそ、シニア関連の本は様々に出版され、書店の一角を占めるに至りました。しかし当時は、そんなテーマや棚割りも確立されておらず、どこを探したらよいかも分りませんでした。その内、1冊の本が目に飛び込んできました。アメリカで出版された「エイジレス マーケティング」と言う翻訳本です。5,000円もしたのでビックリ。あまり売れていなそうな専門書なのでしょう。

 

この本では、「マズローの欲求段階説」で説明がされていました。精神的な成熟をベースに身体的な特徴を加え、シニアの行動を分析したものです。モノに対する 欲求や購入態度などについて、若年・成年層との違いが具体的に書かれていました。広告表現についても色々な事例が紹介されていました。そうはあっても、その根底にあるのは「エイジレス」であり、決して「老齢」ではありませんでした。

 

かなり具体的な内容で参考になりましたが、原文か翻訳が原因なのか、読みにくかったのを覚えています。でも、当時シニア実態調査で取材に来た厚生省の担当者に紹介したところ、その報告書がこの本をベースに書かれていました。

 

その時が初めてでしたが、シニアの勉強をした結果、それまでの認識と大きく違っていたのに驚きました。とは言っても今考えると、ほんのさわり位しか分ってはいませんでした。

 

3. ターゲット年代

シニアと言っても年代に幅があります。いきなり60 歳以上とするには抵抗がありました。ただでもシニア・マーケティングに対する認識が、社内外に無かった時代です。どうしても老齢者向けと捉えられてしまうのではないかと言う気持ちは、自分の中にもありました。また、現状として、60歳以上でのシェアは依然と高いと言うこともあったのです。

 

色々と調べていく内に、「団塊の世代」と言うキーワードが出てきました。この世代は、そのボリュームの大きさゆえ、世の中に様々な影響を及ぼすパワーを持っています。特に、高齢化社会の到来と言われるのは、少子化に加え、この世代が50歳を越えることで、人口バランスが大きく変ることが背景になっています。

 

そこで、対象年代を50 代~70代としつつも、ブランドづくりとしては50代をコアとすることにしました。「老齢」ではなく、「若さ・パワー」をイメージさせる世代です。(実際 は、当時の60代も70代もパワフルで活動的でしたが。) 具体的にはこれから50代に突入する「団塊の世代」とし、これから10年、20年先のシニア市場の中核としようと考えたのです。新しい時代の新しいマーケティングをする上で、いつもシンボリックな世代ですから。

 

ここで、「世代」のことを書いてきたのには、もうひとつ理由があります。それは、「年齢軸」をベースにしていた既存ブランドとの棲み分けです。すなわち「ライフスタイル アプローチ」により、対象者からの共感を得ようとしたのです。その共感をとおし、「衰えた肌にお薦めする」のではなく、「元気溌剌な生き方を応援する」と 言った新たなアプローチをしようと考えたのです。

 

4. ブランドコンセプト

グループインタビューなどを含め、色々と調査をしていく内に、想像以上に「元気」なことが分りました。当時、40代後半の団塊の世代から60代位までの人を集めたインタビューでは、進行役の司会者がいらない位に、話が進んで行ったのを覚えています。

 

ブランドコンセプトは、その印象そのままに「ALIVE」 (いきいき・元気溌剌)としました。シニアには「落ち着き・成熟」などのキーワードが使われるのが普通ですが、あえてこの言葉「ALIVE」を使うことで、これまでの認識を変えていこうとしました。モノ作りで大勢の関係者を動かす時に必要なのは、コンセプトワードなのです。少なくとも、これでプロジェク トメンバーの向かう方向が一本になったと思います。

 

5. ネーミング

コンセプトをベースにプロジェクトで考え始めました。多くの案から、熱いハートをもった人たちに向けという意味の「レッド ハート」や、元気・活動的な生き方を応援する意味での「アクティブ ハート」が残りました。「レッド ハート」は、赤をキーカラーとしたパッケージも提案されました。最終的には、できるだけコンセプトに近い案として「アクティブ ハート」の方向としたものの、直接的でチョッとばかり生臭さを感じたことから、「アクティブ」を造語化して「アクテアハート(Actea heart)」としました。

 

ちなみに、「Actea」 は、自社で保有していたストック商標でした。都度考えるネーミング案は、先願登録されていて使えないことが多くあります。ですから、予め、時代のキー ワードになる言葉を含め、良さそうと思った言葉があったら、登録しておくことをお薦めします。これも、特許や実用新案などと同じ、知的財産になるのです。

 

6. 世代

コンセプトワークのキーは、「世代」を軸にした「ライフスタイル アプローチ」。これに「シニア」ならではの特性をいかに絡ませるかがポイントです。

対象とする世代は、いわゆる「団塊の世代」で、昭和22年から24年生まれをコアにするベビーブーマー達です。そして私自身が、そのど真ん中、23年生まれの典型的な「団塊の世代」なのです。 

 

最近では、色々と「団塊の世代」について書かれたものが多く出ています。しかし、「全共闘世代」などと言われ、何かピントが外れているような気がしてなりま せん。至ってノンポリ(ノン・ポリシー)で、時代に流されてきただけです。ただ、人口ボリュームが大きいことで、社会への影響が強かったのだと思います。 個人レベルに下げるとそれほど強い意識はなかったのではないでしょうか。

 

そうは言っても、戦後の新しい生活文化の中で育ってきた世代であり、その空気を存分に吸ってきたことには違いありません。時代に影響を与えたと言うより、時代の影響を受けたボリューム世代なのです。アメリカの陰謀か否かはともかく、学校給食制度、TVでのアメリカ文化の普及など、民主主義のもとで育ってきたのです。そんな私達にとってアメリカ文化はとても魅力的で、憧れでもありました。文化と言うより文明と言った方が当たっているかもしれません。一番の憧れは、「豊かさ」でした。

 

私達は、そのように時代が大きく変わる時代に生まれ、育ってきたのです。社会に出て結婚する頃になると「ニューファミリー」と呼ばれ、新しいマーケットを生み出すようになりました。しかし実態は、それ程でもなかったような気がします。

 

新しいライフスタイル・ファッションを紹介する雑誌も多く発刊されました。「平凡パンチ」「プレイボーイ」誌などではヤングカジュアルファッションが紹介され、「アイビールック」なるファッションが私たちの定番になっていました。女性向けでは、「アンアン」「ノンノ」そして「クロワッサン」誌からおしゃれでカジュアルなライフスタイルが紹介され、「アンノン族」なる言葉も生まれました。

 

このような生活感覚・ファッション感覚を身につけて育ったのが、団塊の世代なのです。この感覚をズッーと引きずったまま、今に至っているのです。おそらく、どの世代も10代、20代の頃にしみ込んだ感覚を引きずりながら歳を重ねていくのだと思います。

 

このように世代などをベースにした分析法が、「コーホート分析」と言い、最近、団塊の世代を説明する時によく使われています。この言葉自体は後で知ったのですが、 いわゆる世代分析を私なりに考え、採り入れて作ったのが「アクテアハート」だったのです。世代軸によるライフスタイル・アプローチです。

 

7. シニアの特性

シニアの意味は、「senior citizen=〔米〕 高齢者 (とくに65歳以上の退職者,年金生活者など)」とあり、言葉としてそれは決して間違いではありません。そして一般的には、シニア=年寄り→おじいさん・ おばあさん→ご隠居→老人と捉え、ビジネスとしては介護くらいしか考えようとしていませんでした。しかし、これからのマーケティングを考える場合、意味が 違うのです。

 

シニア・マーケティングを考えようとしても、ほとんどの企業が乗り気になりませんでした。その理由としては、①会社自体が老人イメージになって若い顧客が離れてしまう。②今でもしているつもり。③先が短い顧客なので育成のしがいがない。④分らない。・・などです。そして、未だにそう思っている企業が沢山ある のも事実です。

 

一方、既に実施していると答える企業も勘違いをしています。シニアからのインタビューでも、そのギャップが不満として出されているのです。企業側では、① シックで地味な色が相応しい。②高級品が揃っている。③昔からの自社品を愛用してもらっている。・・・ので問題ないと思っています。

 

しかし、シニアはそうは思っていないのです。例えば、①体型こそ変ったが、明るく華やかな服を着たい。②高いものを勧めないで欲しい。③自分に相応しいモノ・情報が提供されていない。・・・などの不満です。全く、逆なのです。

 

最近でこそ言われるようになった「ユニバーサルデザイン」も、まだまだ浸透していません。設計する際には、40代位までの顧客しか見ていないからです。要するにコアターゲットそのままの設計で、60代、70代の人が実際に使う状況を無視しているのです。

 

ユニバーサルデザインでよく言われるポイントとして、①文字が小さくて見えない。②見えにくい色で書かれている。③容器が開けにくい。④情報が多すぎて分りにくい。・・・などがあります。ユニバーサルデザインについての基本的な情報をもつようになった現在でも、中々出来ていないのには理由があります。それ は、①設計上、それほど重要ではないと思っている。②どの程度の不便さか判りえない。③そこまでの対応をするとデザインに支障をきたすし、かっこ悪い。・・・などがあるからです。根本原因は、実感としてその必要性が理解できないのです。 

 

ユニバーサルデザインとは別に、シニアの思いや価値観に対するギャップもあります。単に、若い人が年齢を重ねていった延長線上にあると思っているのです。身体面の衰えは、個人差はあるにせよ着実に進行しています。しかし、精神面では、想像以上に若々しく元気なのです。シニアの中でも介護が必要な人達の方が圧倒的に少ないことを知らず、「シニア=介護」と勘違いしているのです。

 

前に書いたように、「ALIVE」 なのです。激しい運動はともかく、非常に活動的で、若い人たち以上に行動範囲は広いのに驚かされます。旅行、趣味、ボランティア、仕事、そして勉強などと幅広く活動しているのです。決して自分を「老人」などとは思っていません。精神的には、まだまだ「若い」と思っています。少なくても、5歳から10歳位は 若いと思っているのです。

 

だからこそ、「エイジレス(ageless)」 訴求が重要なのです。年齢を言うことは、「年寄りのあなた」と言っているのと同じなのです。ですから、年齢軸でのメッセージは、反発すれども共感されることはないのです。シニア・マーケティングでの難しさはそこにあったのです。どうやって、シニアを振り向かせるメッセージが送れるかです。少なくても、その 当時はそうでした。

 

モノの購入や消費についても大きく異なっています。上昇期にある若い人は、新しいモノや情報に敏感に反応して取り入れようとします。それも、先を争うように。基本的には、「所有すること」に価値をもっています。しかし、成熟期に達したシニアは、「所有」と言うよりは「使用」に価値を求めています。あるモノや情報によってどれだけ豊かで満足できる生活・生き方ができるかが問題なのです。新製品だからと言って、購入を急いだりしないと言われているのです。求め る価値とそれへの購買行動・消費態度が全く変わってくるようです。

 

段々この辺になると、いくら私が団塊の世代と言っても分からなくなるのが正直なとろです。60代になれば、少しずつ分ってくるかも知れませんね。

 

以上のように、様々なズレがあるのです。実際に企業で企画業務をしているのは,20~40 代位の人(サラリーマン)たち。シニアを理解しようとしても無理な年代なのです。情報を集めて勉強したとしても、最終的なシニアの気持ちまでは分りません。通常の企画では、色々と情報を集めて論理的に企画したとしても、自分の経験と感覚で決めていますが、自分達年代・世代向けの企画なのでそれほど間違い はないのです。

 

シニア・マーケティングをするには、シニアが企画する必要があると言うのが私の持論。少なくてもシニアがメンバーに入っていることが必要です。むしろ、企業の担当者は、シニアの企画チームを運営するコーディネーターである方が良いのではないでしょうか。

 

色々と調べて分ったのは、決して「年寄り」ではなく、アクティブで多彩なライフスタイルをもった消費者群であることです。そして、多くの企業が、その人たちの気持ちに立った商品やサービスを提供していなかったことです。

 

とは言え、調べたと言っても、十分に研究しつくした訳ではありません。知りえた範囲でブランドづくり、商品作りをすることとしました。先ず第一番に考えたのは、「ALIVE」 な気持ちに応えること。次に、「ALIVE」とは言っても生理的な衰えがあることから、肌生理はもとより、使い勝手なのへの配慮を加えること。そして、何よりも重要だったのが、「企業がシニアに対して真剣に向かい合っていること」をメッセージとして発信することでした。

 

8. パッケージ

ALIVE」 を表現するために設計のキーワードを作ることにしました。それは、「クロワッサン感覚」です。パンのクロワッサンではなく、雑誌の「クロワッサン」です。 「アンアン・ノンノ」では若すぎたので、ニューファミリーのライフスタイルマガジンであった「クロワッサン誌」の感覚を取り入れることにしました。カリフォルニアの明るい日差しが入った緑と白木があるリビングルームがイメージでした。結婚したばかりの団塊世代が作るマイホームです。

 

こ のイメージはパッケージデザインに活かされました。出来たデザインは、日の光を浴びたような明るいイエローがキーカラー。これまでのシニア用の常識からすると考えられない色です。差別化ということで、年齢クラスターで分類し、設計すると絶対にありえないでしょう。もちろん、社内でも議論がありましたが、 ターゲット層での調査では高く評価されたのです。

 

しかし、デザインとは別の面でパッケージ(仕様)の設計も進めました。それは、「バリアフリー」であり、「ユニバーサルデザイン」の視点での設計です。「コンセプト」→「デザイン」→「ユーザーによる嗜好確認」→「生産性・保障の確認」→「ユーザーによる使用性確認」と進められる通常のステップを変えました。まずは、「ユーザーによる使い勝手の確認」をすることから始めました。数種類の容器モデル型を製作し、ユーザーの意見を聞くのです。瓶の持ちやすさや キャップの開けやすさなどです。その中から選ばれたモデルをベースにデザインが進められました。

 

手のひらに納まりやすい太さの瓶、開ける時に力が入りやすい太さのキャップを採用しました。更に、どうすればワンタッチで開ける事ができるかと考え、新しい機構を採用しました。回転が少なく済む2 重ネジ式です。しかし、これは見事に失敗。「バリアフリー」を是が非でも取り込みたいとの気持ちが先に立ち、ユーザー確認を疎かにしてしまったのです。こ れは、発売後、暫く経ってから改良することとし、使い慣れた通常の1重ネジ式に戻しました。挑戦までは良かったのですが、完成度が低いかったこと、最後ま でユーザーの声を聞かなかったためだと反省しています。

 

企画案をトップ提案した時のことです。「バリアフリー」に関して「シニアにやさしいパッケージ」と書いたところ、注意されてしまいました。そのような「いたわりの言葉」は、シニアに対して失礼だと言うのです。必要なことではあるが、「さりげなさ」が大事だったのです。ですから、発売後も、これらに関する特徴 はいっさい言わないことにしました。

 

次は、ユーザーによる使用性確認でのエピソードです。シニア・マーケティングをする上で非常に重要なことを教えられたのです。結論は、聞いただけで分ったつもりになってはいけないと言うこと。

 

モニターがあるモデル案のキャップを指して「こんなのがイイ」と言ったのです。それに対して私たちは、「やっぱり」と思いました。キャップの太さはこの位が丁度イイのだ」と。次回の集まりの時、前回の意見をもとにした第2弾の試作モデルを持って行き、彼女たちに見せました。しかし反応は、「あの時にイイと言ったデザインとがない!」と。実は、前回にイイと言われたポイントは、「バリアフリー=キャップの太さ」ではなかったのです。たまたま作ったモデルの材 質が透明感のあるアクリルであり、試作型の使い回しが出来るように2体構造になっていました。中の部品が外側の透明な部品を透して見え、明るく柔らかい印象に仕上がっていたのです。

 

これと同じようなことが色々な場面で起こっているのです。例えば、「可愛い」と言ったからといって「好き」とは限りません。聞く人によって、その人の都合や思い込みでどうにでも解釈される言葉や会話が多いのです。日常場面でも多いのですが、特に調査では注意する必要があります。何度も何度も確認する作業をしない調査は危険です。特に、シニアのように価値観が大きく異なる人たちとのコミュニケーションには注意したいものです。「その意味はこうなのですか?」 と。

 

9. 中味設計

一方、化粧品の中味になると、年齢による皮ふ生理を無視する訳にはいきません。そして今回は、幅広い年齢層向けと言う訳でなく、対象年齢層のニーズ・共感を 得られるものであることが必要になります。シニアは、気持ちの若さとは別に、自分の年齢からくる生理的な衰えをきちんと自覚しています。ですから、その部分に対応したハードの設計がなされていないものは受け入れられないと考えました。

 

アクテアハートでは、「40代後半以上」をキーワードとした皮ふ生理の特徴を探しました。単なる「老化」では、当たり前であり、「年老いた」と言ったネガティブなイメージになるので避けました。探し出したのは「更年期」です。

 

当時、まさに団塊世代の女性達がその時期にさしかかっていました。書店に行くと、以前にも増して様々な関連書籍が並んでいました。「幸年期」と言ったタイトルの本もあり、暗いイメージだったそれまでの「更年期」をポジティブに乗り切ることが書かれてありました。

 

早速、研究所に対し、「更年期の皮ふ生理」に関する調査と中味処方の開発を依頼することにしました。体調以外に皮ふ生理も大きく変る時期であり、悩みを多くもっていることが分りました。基本的には、ホルモンの減少による肌の乾燥があげられ、そこへの対応をすることにしたのです。「エチニルエストラジオール」と言った女性ホルモンが効果的なのですが、色々と問題があるため、他の薬剤を探すことにしました。見つかったのは、「ヒオウギエキス」。女性ホルモンと同 じような働きをする植物抽出成分です。

 

もうひとつ重要と考えたのは、美容法と配置するアイテム。ただでも使い方が覚えにくいと言われていることから、「使い慣れていること」が必要でした。その点、この世代のほとんどは、高校の卒業時に「資生堂整容講座(特別美容講座)」と言って化粧品の使い方を習っており、今でもしっかりと化粧品の使用習慣として根付いているのです。

 

透明洗顔石鹸(ホネケーキ)から始まる5段階のステップを基本としました。最近ではあまり使われなくなった「収れん化粧水」も組み込み、カーマインローションのような粉末入りにするなど、対象層には馴染みがある設計にしたのです。もちろん、当時からは大幅に進化した最新の技術でつくったものです。

 

また、この収れん化粧水(カーマイントーニング)は、更年期に起こる「ほてりを鎮める」と言った意味も持ち合わせています。

 

後には、肌の衰えによる悩みに対応した新アイテムも追加しました。目の下のたるみ(目袋)や手の甲のシワやクスミをキレイにするアイテムで、毎日をアクティブに過ごすために意味ある逸品たちです。それらは、必要に応じ、基本のステップに加えて使うだけなので使い方も簡単なものです。 

 

中には、メーク落しクリームとマッサージクリームを一緒にしたアイテムも配置しました。「マッサージクレンジング」です。使い慣れてその効果をよく知っているマッサージクリームなのですが、面倒なのでつい手抜きされてしまいます。そこで、使用率が高いメーク落しをしながら同時に出来てしまうようにと考えたのです。使う効果が分っていて、それが簡単に使えるようにするのも大切な配慮だと思います。

 

10. コミュニケーション

「美しい50歳がふえると、日本は変わると思う。」と言うコピーでアクテアハートは登場しました。

 

モデルとしては、社会で活躍している50 代間近の女性達を起用しました。メインは、版画家の山本容子さんでした。しかし、1人ではなく複数の女性達に登場してもらうことで、1人のキャラクターに引きずられないようにしました。スタイリストの久米麗子さんや歌手であり料理家の平野レミさん、女優の前田美波里さんなどです。

 

「元気な女性達のブランド」を表現したかったからです。ユーザーとなる「あなた」も含むそんな人たちにエールを送ると言う意図がありました。すなわち、年齢を重ねても輝いている女性の姿・生き方がテーマだったのです。

 

商品特長に焦点を当てた差異化広告でなく、当初からの狙いである共感メッセージ型の広告でした。

 

しかし、コピーライターがいきなり「50 歳」という言葉を採り上げて提案してきた時には戸惑いました。「エイジレス」であり、年齢を採り上げるのはタブーだと分っている筈なのにです。しかし、そ の原則観念は見事に打ち砕かれました。それは、「美しい50歳がふえると、日本は変わると思う。」と言うポジティブな宣言だったからです。加えて、モデル として登場する女性達の姿だったのです。「さすが!」と思いました。実を言うと、対象とする人達に、年齢を訴求しないで「自分向けのブランド」であることをどの様に伝えたら良いのかと悩んでいたのです。同年代のモデルを起用する当たり前の方法では、インパクトに欠け、このブランド導入の意味がありませんでした。

 

このコピーは世の中に強いインパクトを与え、多くの反響がありました。早速、取材が殺到。今でも印象に残っている取材があります。それは、新聞社からの取材です。ほぼ同時に2 件あって、どちらも30歳位の女性記者で同じことを言われました。「(私自身の)自信になりました。」という言葉で、男女雇用機会均等法以降に社会人に なって活躍していた彼女達から強い共感を得たのです。自分達の将来、そして今を応援しているメッセージとして受け取ったのだと思います。もちろん団塊の世 代を含む50歳前後を中心にした人からの共感も多く頂きました。

 

まさに「アクテアハート」は、「資生堂によるシニア・マーケティング宣言ブランド」となったのです。すなわち、「資生堂がシニアに目を向け始めた」というメッセージを発信し、受け入れられたのです。

 

ある時、ある人から言われたことがあります。それは、「美しい50歳の男性がふえると、日本は本当に変わると思う。」です。あれから10年が経とうとする今、ようやくその兆しが見え始めてきたような気がしますが、いかがですか?

 

しかし、そこまでだったのです。売上は、計画の半分程度でした。とは言っても一般的に見たら、かなりの実績です。計画値が高かったのかもしれません。大きな 要因は、お客さんとの接点でした。店頭での紹介が上手く行かなかったのです。計画値云々とは別に、これが実態であり、課題でもあったのです。

 

店頭では、「50歳だから=もう年なんだから」と言うように、タブーである「年齢=年寄り」の表現をせざるを得ず、販売する側も買う側にも戸惑いが生じていました。結果として楽で無難な、以前から使っていた化粧品(エリクシールなど)を紹介し続けることになった例が多くありました。

 

売上実績とは別に、当時はまだ、あまりシニアマーケティングが行われておらず、様々な取材やセミナー講演の依頼も多く受けました。多くの聴講者は、必要性が解り始めてはいたものの、中々踏み出せない企業からの参加です。セミナーの最後では、「とりあえず始めてみることが必要ではありませんか?」と言って締めくくりました。そして、もうひとつ加えたのは、「本心は、まだ待って欲しいのです。」と。その理由は、こちらが始めたばかりで追いつかれたくなかったのです。しかし今、その時の危惧が当たり、多くの企業・業界でシニア・マーケティングが進められた結果、遅れをとっているのが実情ではないでしょうか?

 

11. これからのシニア・マーケティング

アクテアハート開発時とは違い、今、書店には多くの関連書籍が並ぶようになっています。マーケティング関連だけでなく、直接対象層に向かってライフスタイル情報を提供する雑誌なども多く出版されています。

 

更に、本だけでなく様々な商品・サービスが提供されるようにもなっています。それに伴って、バリアフリーやユニバーサルデザインなどに関連した情報も少しずつですが認知されるようになってきました。

 

今、「団塊の世代=シニア」が取り沙汰されるようになり、ようやく本当のシニアビジネス(シニア・マーケティング)が展開されるようになりました。そして、それが出来ない企業は、本流から取り残されていくでしょう。

 

さて、シニア・マーケティングをする上での課題も沢山あります。

マーケティングでよく使われる顧客分析として、「クラスター分析・分類」があります。これまでは、20~40 代を中心に細かく細かく顧客分析が行われ、各企業それぞれの課題に相応しい方法で様々な顧客アプローチがなされてきました。一方で、シニア層には、そこまでの分析・分類がされていません。クラスター分析などで生み出されてきた顧客分類の数をみても、その差は明らかです。シニアでの分類は、せいぜい可処分金 額の違いくらいで、あとはこれまでの分類を踏襲していると言っても良いと思います。

 

一般的には、年代で学生・社会人・結婚・子育て・子離れ・停年退職などのライフステージが特定できます。そこから、家族構成や人づきあい、そして生活行動などを特定してきました。しかし現実は、シニア(ここでは50代後半位から)になると、そのパターンが大きく細分化されてくるのです。

 

子離れや親の介護があるかどうか、また定年退職なども大きく生活様式を変える要因になります。女性の場合には、夫の定年によって50代後半に変化があります。また、配偶者との死別なども大きく影響してきます。世帯も1人から4、5人と様々です。それに伴い、外部との接触・所属・人間関係も大きく変ってきます。

 

これらの変化要因は一律ではなく、また時期も人によって異なるなど、多種多様なライフスタイルが生まれてきます。それによって、価値観や消費行動も異なってくるため、ビジネス(マーケティング)面でも多様なアプローチが求められるようになります。すなわち、これまで20代~40代層に向けて行ってきた以上の きめ細かいアプローチが欠かせないと言えます。

 

そんな状況の中、少子化・高齢化で市場構造が大きく変わると言われる「100%確実な未来」に向かって、まだ何もしようとしない企業が多いのにも呆れています。その時になってからで良いと思っているのでしょうか。

 

本当は、判っている担当者は沢山いるはずです。実情は、社内で誰も言い出さないことと、言い出してもボトムアップで社内世論としてまとまるまでに至らないからだと思います。「ブラウン管から液晶へ」と言った大胆な方向転換を宣言したメーカーのように、(トップダウンによる?)経営判断の時期に来ているのです。世論としてまとまるのは、市場が変りきった頃になるでしょうか。 

 

「今 でもシニアの愛用者がいるので問題ない」と思っているのでしたら大きな間違いです。本当に欲しいものがないから、「我慢して使っている」と言うのが実情なのです。もし、本当に欲しいものが出てきたら、市場は大きく動くでしょう。競合社に先行されてうろたえないようにしたいものです。

 

そろそろ、本気で取り組んでみては如何でしょうか? 

本格的に展開し始めた企業もあります。試行錯誤ではあるものの動きはじめた企業もあります。「AGE WAVE」という大きなうねりとなって新しい市場が押し寄せているのです。