セルフ販売 美白

 

チャネル変化に対応

「ブレークスルー」

 

ブレークスルーとは、「これまでの延長ではない」と言うこと。 「これまで」をベースにしている限り、真に新しい価値が生まれることはありません。

 

 

1.あるべき姿

 

今、 社会の仕組みが大きく変わりつつあります。当たり前と思っていたことがどんどんと崩壊し、想像もしなかった形になっています。まるで、地殻変動によって起 きる地震のように、それまでの仕組みを一瞬にして変えざるを得ない状況が訪れています.地殻は少しずつ動いていますが、ある時、それまでのゆっくりした変 化では追いつけなくなり、それを調整するかのように急激な変化を起こすのです。それによって全体のバランスが調整され、何回かの余震を伴いながら、新たな 状態(秩序)として安定します。

 

すなわち、今日の社会変動も、「これまで」と「今あるべき姿」とのギャップである社会全体のひずみを調整する動きと考えても良いのではないでしょうか。

 

市場の仕組みやそれに伴うビジネスの仕組みも同様です。私たちは、ビジネスの上で常にその補正をしています。日常の仕事は、まさにそのための作業であると言えます。問題点を見つけ、その対応策を考えて実行すると言ったことです。しかし今、その程度の対応策では追いつけない状況になりました。これまでの方法論 での対応では空回りとなり、行き詰まりの状態に陥っています。むしろ、変化に追いつけない状況にあると言っても良いでしょう。

 

そこで求められる思考方法のひとつが、「ブレークスルー」。

「ブレークスルー」とは、直訳すると「(壁を)壊して(その先に)通り抜けること」を言います。しかし、その壁の壊し方が難しいのです。内側から、すなわち、現状を基点として外に抜け出るには非常な困難が伴うのです。

 

問題点を探して対応策を考えると言う方法では、論理的な思考が求められるのが常です。論理的な思考とは、誰もが認める事実をもとに納得できる形で進めて行く思考のステップです。しかし、時代(社会)は、人間が考えるレベルの論理では動いてはいません。些細な問題であればそれで対応できますが、少し大きな問題 になると無理です。でも、日常の仕事は、社内や社外が納得する常識的な論理で動いているのです。

 

もうひとつ厄介なものがあります。企業文化やブランドアイデンティティといった「こだわり」です。企業風土として持っている場合や、個人として持っている場合があります。この是非については難しいものがありますが、結構、これが足を引っぱる場合もあるのです。

 

<ご参考①>

こだわる 拘る

(1) 心が何かにとらわれて、自由に考える事ができなくなる。

   気にしなくても言いも事を気にする。拘泥する。

   「金にこだわる人」「済んだことにこだわる」

(2) 普通は軽視される事まで好みを主張する。

   「ビールの銘柄にこだわる」

(3) 物事が滞る。

(4) 他人からの働き掛けを拒む。 難癖をつける。

    * Web「デイリーコンサイス国語辞典」より

 

「こだわり(拘り)」は、決して良い意味ではないようですね。

 

実際、現状の仕組みを基点とした発想では、少なからずこだわりが影響し、真の解決に結び付かない事があるのです。必要なのは、「あるべき姿」を先ず設定する こと。今、市場は? 今、お客様は? 常に現実を基点にするのです。もちろん、予測される将来の姿でも良いと思います。そして、そのためにはどうしたら良いかを考えるのです。

 

そこでよく問題になるのが、現状との整合性なのです。

論理的でいかにも真理に基づいているかのような反対意見のため、本当に必要なことが実現しにくい事がよくあります。反対意見に対しては、粘り強い説得による正攻法か、権力(トップダウン)による裁定にもっていくことなどの作戦が必要になります。

 

更に、ブレークスルーの作業を進めましょう。

まず、「あるべき姿」を決めたら、それに向かっての具体的な実行計画を策定します。現状との擦り合わせはその後にします。後付で結構。とんでもない屁理屈を使うこともあります。それでも、一旦計画が実行されてしまうと、それ自体が実態をもち、「現状」となってしまうのは不思議なものです。コロンブスの卵に近 いものがあります。

 

以上述べてきた「ブレークスルー」は、発想法として非常に重要ですが、大切なポイントとして「提案する勇気」と「くわだて精神」を忘れてはいけません。

 

しかし、何はともあれ、「あるべき姿」を探し出すこと、生み出すことがもっとも大変で、重要な作業なのです。

 

<ご参考②>

ある物流センターでベルトコンベアの調子が悪く、日夜、様々な対策が検討されました。しかし、よくよく検討を進めてみると、そのベルトコンベアが不要であり、更にはその物流センター自体が事業全体から見た場合に不要であるとの結論が出たと言う逸話があります。

 

少し視点を引いて、高所から見ることで本当の姿(あるべき姿)を発見することができるのではないでしょうか。これも、ブレークスルーの方法です。

 

 

2.市場環境への対応

 

では、具体的な事例をご紹介します。

長い歴史があるビッグブランドユーヴィーホワイト」を、全く異なった土俵に置き換えようとした企てです。担当者も悩み、会議でも大いに揉めました。

 

いわゆる「ブランド論」に対するこだわりがネックになりました。ブランドが長く生き続けるためには、時代(市場)環境への対応と鮮度の維持という視点から都 度見直しが行われ、リニューアルという作業が行われます。しかし、そこで問題になるのが、ブランド価値に対する捉え方、こだわりです。

 

立場によって様々な捉え方があります。ユーザー・流通・そして本社。本社もブランド担当の企画部門、広告制作部門、営業企画部門、研究開発部門などによって様々です。

 

通常は、川上である商品企画部門がブランドづくりを行い、ブランドの方向付けと価値提案をしています。「ユーヴィーホワイト」の時も、当時カンパニー制の組織で美白のカンパニーを担当していた私が、今後のあり方を提案しました。1985年(昭和60年)に誕生して以来、5回目(6代目)のリニューアルをする時のことです。「浄化美白」をコンセプトとした前回のリニューアルがうまく行かなかったのです。

 

原因を色々と探っていましたが、答えは単純でした。

市場環境が変って いたのです。それに気付かず、従来型のマーケティングをベースに商品を作ってしまったのです。いわゆるチェインストア型のマーケティングです。小売の化粧 品店を組織化してそのルートに乗せ、宣伝で顧客誘引し、カウンセリング(推奨)販売すれば売れていくという、非常に優れたマーケティングシステムです。し かし、市場の中心は化粧品店から離れ、ドラッグストアやコンビニへと移行していたのです。圧倒的に集客力が高いそれらチャネルへと、顧客の流れは大きく変 りました。

 

それと同時に、 ディスカウントの常態化によって経営が圧迫された化粧品店のために、化粧品専門店専用のブランドが導入されたことも大きな変化要因となっていたのです。も ちろん、化粧品店は化粧品専門店としての経営基盤の強化を図るべく、ディスカウントされない専用ブランドの販売に注力するようになりました。

 

結果として、それまで主流であったブランドの主要チャネルは、いわゆるフリーアクセス型のドラッグストアやコンビニに移行しました。この急激な環境の変化に、従来型で企画したブランドは適応できなかったのです。

 

このような変化に、ブランドはどのように適応したら良いのか。

それまでカウンセリングによる推奨販売で売られてきたのに対し、簡単なアドバイスはあるものの顧客主体のフリーアクセスで買われるようになった状況に対処しなければいけません。

 

「進化」とは、自らを環境に適応させながら存続していくこと。

すなわち、環境の変化に適応できなければ、その種は絶滅します。ブランドも同じで、如何にしたたかに環境への適応が図れるかが問題なのです。

 

急激な環境変化へ の適応の遅れを取り戻すためには、こだわりを捨てることが必要でした。「ユーヴィーホワイト」の時は、カウンセリング型からフリーアクセス型に設計をシフ トする事とその方法がポイントでした。その際、ブランド資産をどのように評価し、取捨選択するかは、とても悩ましいものです。

 

それまでは、美容法というカウンセリングソフトがあり、カウンセラーが店頭にいることを前提として設計していました。その場合には、ブランドとしてのコンセプトがしっかり していれば良かったのです。カウンセラーがお客さんに合わせて適切な商品を選びます。しかし、フリーアクセス型の状況では、ブランドとして、そして商品の1品1品が個性的な主張を持っていることが必要です。加えて、機能商品である美白化粧品はその傾向が強くなってきました。なぜなら、商品は自らお客さんに訴える必要があるからなのです。

 

そこで、「ユー ヴィーホワイト」の場合、資生堂式美容法にもとづくフルラインの品揃えをやめることにしました。単品として選んだのは化粧水。理由は、日常の生活行動に組 み込まれて習慣的に使われ、また品揃え拡張の核となりうるベーシックなアイテムであること。先ずは、単品としての存在感・主張性を明確に打ち出し、その後、同じように特徴ある単品を追加していこうとする計画です。

 

 

3.新しいコンセプトへ

 

商品コンセプトは、「リセット」。

これまで浴びてきた紫外線の害をチャラにしてしまおうとする、何とも都合が良いコンセプトです。対象層として設定したのは20 代女性。今流のチャッカリ感覚の気持ちに応えた商品です。パッケージもフリーアクセスに相応しいデザインを検討しました。ボトルの色は美白化粧品の基本 だった白から青に変え、ケースも透明仕様を採用してキャッチコピーを入れました。店頭や雑誌などでの存在感、訴求力を考慮した設計です。これまでのユー ヴィーホワイトとは全く違ったモノが出来上がりました。

 

ここで、大きな問題=障害が発生するのです。

リニューアルといっても既存の商品も一緒に販売していきます。その際、ユーザーは、既存ラインに新アイテムを組み入れて使うのか、この化粧水1 本でOKとするのかと言う論議です。それによって設計が変わります。同一ブランド内での整合性に矛盾があると指摘されたのです。確かに言われるとおりかも しれません。これまでのリニューアルは、矛盾が無いように、そして矛盾がない範囲で行われてきました。それが、会議でチェックするポイントのひとつでも あったのです。

 

私の反論は、「あるべき姿」への理解を求めたものでした。

フルラインの既存 ブランドを新コンセプトに置き換えることは、愛用者に対しても、売上げ面からも難しいものです。その場合によく使う新ブランドとして導入する方法も得策で はありません。そこで考えたのがダブルライン化です。フォーマルラインとカジュアルラインと言っても良いかもしれません。新ラインは青をキーカラーとした ため、ブルーラインと呼びました。既存ラインとの整合性は、「あるべき姿」を基点として組み立てました。言い訳に近い理論構築だったかもしれません。

最終的には、フリーアクセス型としての「あるべき姿」が理解され、承認されました。

 

追加アイテムは乳液で、黄色のボトルでビタミンC が凝縮されたイメージにしました。その後も、それぞれの特徴を訴求できるコンセプト・ボトルカラーで追加しました。社内的な建前は、フルライン化が進んだ ら美容法にそって紹介できると言っていましたが、企画者の本音は違います。単品チョイス型で購入してもらう単品集合型の新しいブランドなのです。新しい形 のブランド作りの企てだったのです。 

 

 

4.新しいプロモーションへ

 

宣伝広告でも色々ありました。

販売形態は、カウ ンセリングで推奨するプッシュ型ではなく、お客さんに指名で買いに来てもらうプル型が必要だと考えました。そこで、広告制作にあたってのポイントは、ふたつ。①ブランド性よりも商品特徴をストレートに表現することを優先する。②上品・格調よりもインパクトをもたせて表現することを優先する。そうは言って も、資生堂のメインブランドであり、決して日常雑貨的な低価格商品ではありません。ブランド性や格調をどのように組み込むかも悩みどころでした。

 

出てきたテレビ用 のCF案は、結構インパクトがあり、また対象ユーザーの気持ちと共感できるものでした。少しコミカルなドラマ仕立ての4コマ漫画的なところがありました。 教会で懺悔しているシーンや風呂上りの姉妹が会話しているシーンなどです。「リセット」というキーワードと「チャッカリ感」という共感表現がしっかりと 入っていました。

 

正直言って、 ちょっと悩みました。元々のブランド性や格調を無くしても良いものか。でも結論は、これで行くことにしました。「ブレークスルー」だからです。変える時は、思いきって。そのもの自体が本当に正しいは分かりませんが、フリーアクセスというあるべき姿から決断しました。これまでを引きずってはいけないと思っ たのです。

 

早速、反応がありました。

ひとつは、ユーザーから。もうひとつは、社内のある部門から。ユーザーからは、「リセット化粧水」として共感性をもって受け入れられました。狙い通りです。しかし、社内からは、あれでいいのかと言った批判的な声が聞こえてきました。そんな中でも、第2弾もこの路線で展開することができました。この時の組織はカンパニー制で、商品・販売施策・宣伝などは、私が全体をまとめていたからです。

 

 

5.ブレークスルーへの挑戦

 

その時、私たちが 作った商品や宣伝、販売施策は、ある意味で始めての事ばかり。ですから、必ずしも満足・納得できるものではありませんでした。「フリーアクセス型マーケティング」を目指したものの、ノウハウは無かったのです。だからこそ、止めてしまうのではなく、新しい時代に向けての取り組みを始めようとしました。新し いマーケティングの仕組みを作り出そうとした第一歩の試みだったのです。

 

とは言え、商品はそれからまた進化し、環境適合を図りつつあります。しかし、時代はどんどん移り変わっていきます。遅れないように、むしろ時代を創る企てをしてみたいものです。

 

固定観念を捨て、先入観なしに物事の道理を考えれば、正しい答えが見つかるものです。ブレークスルーの努力をしてみましょう。

 

資生堂には、過去の企業文化へのこだわりがある一方で、「反資生堂の力学」と言う遺伝子も併せ持っています。常に先進であるために必要な姿勢なのです。