プロフェッショナルとアマチュア

  

 

  心構えは、「プロフェッショナル」。視点は、「アマチュア」。どちらも必要です。

 

「プロフェッショナル」という言葉が頭の中に浮かんだのは、入社式の時でした。1971年(昭和46年)、静岡の販売会社に配属され、入社式で代表挨拶をする ことになり、「これからは、プロフェッショナルの気持ちで頑張ります。」と言ったのを覚えています。それまでの学生気分からの切り替えで、チョットばかり 気合が入っていたのかもしれません。 

 

それから5年後、本社商品開発部転属と言われた時、再びその言葉が強く思い起こされました。商品開発部で自分は何をするのやらという思いで初出社した本社。 ここで、資生堂の化粧品が生み出されているのだという緊張感を覚えました。更に驚いたのは、いきなり商品企画の担当だと言われたことです。もちろん、先輩スタッフと一緒ですが、基本的には自分で考え、企画するのです。先ずは、アシスタントかなと思っていたのです。 

 

トッ プメーカーでの商品企画担当者と言ったら、「(読売)ジャイアンツのスタメン」ではないかと思ったのです。まさにプロフェッショナルなのです。そこでの働 きが、会社の業績にもなり、また多くのお客さんに感動を与えるのだと。今、思っても凄いことでした。(当時のジャイアンツは日本シリーズ9連覇の名残もあ り、強かったのです。)

 

とは言え、自分には何が出来るのだろか。先ずは、本社での仕事の進め方から分りません。他の部門に調整やお願い事で行っても、色々と指摘されたり怒られたりでウロウロしていました。何をしたいのかはっきりしろと言われても分らないのです。後になって分ってくるのですが、商品企画の担当者は、意志の明確さに併せて意志の強さが必要なのです。むしろ、その自信によって周りの人たちがついて来るのです。

 

初めの頃、特に打ち込んだのが、サンケアの仕事です。紫外線と肌の関係から新しい概念(SPF値)のサンケア化粧品を開発する仕事です。毎日、研究所に通い、当時の最先端情報を勉強しました。その結果、それまでの紫外線の概念を一転させる情報をまとめ、普及する程のレベル迄になりました。

 

その後も、色々な企画を担当するたびに、それにまつわる情報を集めて勉強しました。メーキャップ化粧品の担当になると、スキンケアとは全く別世界になります。サイエンスというより文化。ファッション、芸術の分野です。そうなると、際限がなくなります。様々なことに興味をもつ必要が出てきました。むしろ、自 分で枠を嵌めないようにしました。残念ながら、それらについて深く理解し、知り得るほど頭は良くなかったので、通り一遍の知識で留まっていましたが。

 

でも、それでも良いと思っていました。都度やってくるテーマに使える何かを発見しさえすればOKなのです。そこから、あらためて勉強すれば良いのです。このように幅広い情報収集は、専門分野が特定されたアーティストやクリエーターとは違うサラリーマン企画者には欠かせません。アーティストや専門家は、企画に相応しい人を、都度探してくればいいのです。

 

情報収集について言うと、「インプット無くしてアウトプット無し」であるといつも思っています。忙しさにかまけて、面倒がって、苦手意識をもって何も取り入れないのでは、何も生まれません。私たちは天才でないのです。息をするように常に新しい情報を吸い込んでいないと生きていけません。

 

少なくても、お客さんに感動を与える程の新しい商品(価値)を生み出すためには、時代の先端を、そしてお客さんの前を走っている必要があるのです。自分なりに「ジャイアンツのスタメン」としての責任と意地をいつも意識していました。

 

とは言え、これのプロ意識が行き過ぎると良くないことが起こります。

商品を企画し、作り上げるまではいいのですが、そこに込められた専門的な情報がそのままの形で出てしまうことがあります。メーキャップの技術やスキンケアの皮ふ理論、更には商品の特長表現などが、お客さんが理解できる形に加工されることなく出てしまうのです。

 

一所懸命に勉強して作り出した商品・情報なのですが、そこで錯覚してしまうのです。お客さんにも理解できるのではないかという勘違いです。一般のお客さん は、四六時中、化粧品のことばかり考えている訳ではありません。生活の中に占める割合は、何分の1、何十分の1であり、関心度・情報理解力にも格段の違いがあることを忘れてしまうのです。プロフェッショナル性が必要な企画・技術・ノウハウなどはブラックボックスでも良く、実際にお客さんが使う場面では使用実感があって分りやすいことがポイントです。 

 

そこで、私がよく言う言葉は、「いつも素人のままでいてください。」です。新人がやって来た時、オリエンテーションで必ず言うようにしています。ともすると、新人は先輩に追いつくようにと一所懸命勉強します。そして、難しい理論や言葉使いを覚えることで満足するようになります。そこまで行ってしまうと、初めは素人であった自分の感覚を見失ってしまうのです。どのレベルがお客さんに理解できるのか分らなくなるのです。

 

その時に加えて話すたとえ話は、銀行の窓口でお札の束を持っている女子行員のことです。もしかしたら、彼女達にとってそのお札の束は単なる紙としか見えていないのかも知れません。しかし、一歩、銀行を出た個人になると違う筈です。勤務状態になると、一生活者である自分の感覚が麻痺するのです。

 

一所懸命に勉強することに比べると、いつも素人の視点を持ち続ける方がはるかに難しいと言えます。「プロフェッショナルの心構え」と「アマチュアの視点」とを持ち続けられるのもプロフェッショナルなのでしょう。

 

 

(追記)

同じことが文章にも言えると思っています。学者・法律家の文章ほど難解なものはありません。厳密な表現を求められるので必要なのでしょう。研究員から技術情報をもらう場合も同じです。お客さん向けに分りやすく書き直すと、ニュアンスが違い事実ではないと言われることがあります。更に、情報を翻訳するべき企画担当者までも、勉強し過ぎで専門用語を安易に使ってしまうこともあります。

 

かっての上司に教えてもらったことは、「相手を意識して書け」であり、商品まわりの文章(商品説明やリーフレットなど)は「中学生でも分るように」でした。相手に伝わらない文章に価値はありません。自分が持っている情報をひけらかすかのように盛り沢山の情報が詰まった文章は、単なる自己満足でしかないのです。 「思い切って短く。」が基本。「思い切って」です。

 

いかに易しく、そして優しい文章が書けるか。これもまた、私のテーマです。